午前語学クラス
日本人はなぜ踊らないのか。という話からです。
うん、踊りません。
クラブとかうるさいし、煙いし大嫌いです。
先生にいろいろ質問すると、アメリカ人は、授業でダンスをやるみたいです。
そして、1番影響が大きいのは prom かなと思いました。
みんなもドラマや映画で観たことあるかな?
卒業記念大パーティーのことです。
そこにペアで参加すること自体ももちろん難易度が高いですが、何より踊れないと参加できないし、上手くないとかっこつけられません。
だから、みんな踊れるのかなって。
パートナーが見つからず、参加できない人も一定数いるらしいです。
せっかくの卒業イベントなのに、なんかすごく残念ですね。。
傷つきそうw
でも、この距離で、目と目を合わせて、言葉無しに会話することほど、素敵なことはない!
と、先生が熱弁するから、さぞ素敵な行事なんでしょうね。
はい、私には向いていません。
文法です。
work at と work for の違いは? ヒントは、
I work for JICA.
I work at AAA school.
という風に使います。
for は本所属。at は出向している。という感覚ですかね。
What a hassle! (面倒くさい)
その後、電話の使い方を学習しました。
A:Good morning. JICA.
B:This is Tony Williams at YAMAHA.
May I speak to Mr.Tanaka?
A:One moment, please?
Hold a line.
という風な流れのやつですね。
それにプラスして、相手が名乗らなかったときの聞き方。
間違い電話だったときの対応。
スペルを確認したいときの聞き方。
などを学びました。
うん、電話なんて絶対に出たくない!
今日の先生のアメリカンジョーク。
I am gay.
gayにはhappyという意味もあり、かつて使われていたらしいです。
なんと! 英語むずい!
午後 The saurus について学びました。
いわゆる、英英ですね。
学生時代誰もが買う1番有名な辞書らいいです。
want と似た意味の単語を3つ探して、sentenceを作ろう。という感じで。
long, ache, yen を選びました。
こいつら、そんな意味があったんかい!
混乱するから、本当にやめてください。
でもフランス語を学習している他隊員に話を聞くと、男子が主語な場合と女子が主語な場合で前置詞が全部異なるから、覚えることが多すぎて大変! とか、
最近ようやく過去形を習った。 とか聞くので、
それと比べたら英語は、事前知識があるし、良かったのかなー。
15時からは婦人科講習。
女子は必修で、男子は自習にするか選択です。
私は、余裕がないため、自習にさせていただきました。
すみません。
その変わり有意義に過ごせました!
そういえば、
縁日のソーラン節のフォーメーションが発表されました。
なぜ、センターwww
身体硬いし、膝に爆弾あるし、あばら骨痛いから無理だって。
内側から出るオーラと華とスター性を隠し切れなかったのかなー?w
練習に精進します!
ナイトクラス
「地球のステージ」に参加しました!
地球のステージとは、神奈川県で心療内科医をしている桑山先生が発足し、1996年に始まった、ライブ音楽と大画面の映像、スライドと語りを組み合わせた、新しいタイプの非営利コンサートステージです。
https://e-stageone.org/
実は先日も来てくださっており、今回は3部作のうちの2作目の映画公開です。
初回の1作目は、4年前に仕事関係で東京で1度拝見したことがあったため、私は悩んだ末にパスしました。
でも、公演後からみんなの反響がすごすぎて、もう一回観ておけばよかったなーとすんごく後悔していました。
だから、今回2作目を観ることができてむちゃありがたかったです!
(同じ隊次に複数回来るのは初めてみたいです!)
わざわざ来てくださった桑山先生にも、中心となって準備をしてくれたキルギス隊員の方にも大変感謝です。
今回の内容はというと、パレスチナ問題についてです。
実際に現地に赴き、現地の方が主演となった映画を撮りながら、世界に現状を伝えるというコンセプトです。
パレスチナ問題・・・
ニュース等でよく耳にしますが、恥ずかしながら私は詳しく知りません。
歴史についてもしかりです。
だから、公の場でコメントすることなんてできません。
ただ1つ言えることは、さわりだけでも知れてよかったな。知らないことを知れて良かったなって。
まだまだ勉強しなければならないことがたくさんあります。
公演後のフリートークにて、ある話を聞きました。
中学校の教員をやっている隊員の学校へ、ある日転校生が来たらしいです。
避難のため。
縁もゆかりもなく、言語も通じないため、生徒も教員も混乱していたが、彼はとても勤勉で、すぐに日本語を覚えたらしいです。
そして、少しずつコミュニケーションを取り、信頼関係が芽生え始めたころに、突如帰国すると言ってきたらしいです。
理由は、「もう1日1回しか爆撃されず平和になったから」だそうです。
止めるわけにも行かず、無理やり作った笑顔で送り出しはしたけど、彼はいまどうなっているんだろう。
そういう風におっしゃってました。
桑山先生もこんなことをおっしゃってました。
映画の撮影をしたのは、3年前。
泊まり込みで10日間で弾丸で撮影したようです。
そのような功績が評価され、いまは外務省と協働するまでに至り、毎年5000万円の資金提供をいただいているみたいです。
そのおかげで、できることがたくさん増えた。
でも、だからこそ不自由が多く、公的機関としていく場合は身の安全のため、宿泊が禁じられてしまったらしいです。
現地の友だちに、なんで泊まらないんだ? と聞かれさ際に何も答えることができないと。
そこで、俺たちがやりたかったことって何なんだろう。
お金はなくても、泥だらけになっても、懐に入り込んでいたときの方が良いんじゃないだろうか?
演じてくれた友だちにも会いに行けないってなんなんだろう?
壁にぶつかっている。 とおっしゃっていました。
私には話が大きすぎてよくわかりません。
この70日の訓練で、リアルに限りなく近い情報がたくさん入ってきます。
その度に考えさせられます。その度に悩みます。
こんなちっぽけな私に何ができるのか。
2年間その問いに精一杯向き合っていきたいと思います。
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